関東、東海、四国の大部分をはじめとする日本列島の広範囲にわたって金環日食が観測できる5月21日(月)がいよいよ来週に迫ってきました。東京で観測できるのは江戸時代の1839年(天保10年)以来、173年ぶりとのことです。前回の天保10年は「大塩平八郎の乱」の2年後、日本三名園のひとつ「水戸偕楽園」が開園するのはこの日食の3年後の天保13年。そんな時代のできごとでした。日本で観測できる次回の金環日食は、2030年6月1日に札幌など北海道の大部分で見られるものとなりますが、東京では2312年まで待たなければ見ることができません。今回は、日本列島の広範囲で金環日食を観測できるというかなりの幸運に恵まれた機会となります。
日食は、太陽と地球の間を月が通過することによって起こります。月は地球の周りをほぼ4週間で1周ぐるっと周回していますので、日食自体は平均すると1年間に2回ほど、世界のどこかで起きています。しかし、必ずしもすべての日食がドラマチックなものになるわけではなく、地表から見て太陽の正面を月が通過せず部分日食となることも多くあります。また正面を通過しても、皆既日食になるか金環日食になるかを分ける別の要因が存在します。地球と月の公転軌道です。
地球が太陽を周回する軌道、月が地球を周回する軌道はそれぞれ楕円形です。そのため太陽と地球、地球と月の間の距離は一定ではなく常に変動しており、そのことが日食のありかたを左右します。今回は「太陽が地球に近く、月が地球から遠い」タイミングでの通過のため、金環日食になりました。余談ですが「月が地球から遠い」理由は、この金環日食のほぼ半月前に話題となった天体イベント「スーパームーン」を思い出してください。スーパームーンとは、月が地球に最も接近したタイミングで迎える満月もしくは新月のこと。5月21日はそれから公転周期のだいたい半分、2週間が経過するタイミングですので、月が地球から遠い位置にいるというわけです。もしこのタイミングが逆であれば、5月21日は皆既日食になったのかもしれません。
このように日食はさまざまな偶然の上に成立しているドラマなのですが、皆既日食は、実はまた別の偶然によって成立しています。「月は徐々に地球から遠ざかっている」という事実がもたらす偶然です。オライリー・ジャパンで4月に刊行しました『マーカス・チャウンの太陽系図鑑』の74ページ「潮の満ち引き」、75ページ「5つのコーナーキューブ」、76ページ「皆既日食の妙」の各項にてそのことを解説していますので、ここではざっと説明します。
月は毎年、地球から約3.8cmずつ遠ざかっています。かつては地球にもっと近い位置にあった月は、永い年月をかけて地球から徐々に離れていきました。少しずつ離れていった結果、現在の地球-月間の距離は、地球-太陽間の距離の約400分の1というところまで広がりました。そしてもう一つ、月の直径は太陽の直径の約400分の1という宇宙的規模の偶然がここに重なります。つまり、この偶然により、現在の地球では月と太陽がほぼ同じ大きさに見えます。同じ大きさに見えるからこそ、神秘的なコロナを伴う皆既日食が地球から観測できるのです。なんという偶然でしょう。
「皆既日食の妙」ではこう語られています。「太陽の皆既日食が見られるようになった期間は、今までの地球の歴史のわずか5%にすぎません。皆既日食が見られる時代に私たちが生まれたことは、実際たいへんな幸運です」。
こちらにて[76ページ「皆既日食の妙」]のサンプルをご覧いただけます。
月は地球からさらに遠ざかっていき、やがて皆既日食は見られなくなります。金環日食と皆既日食が見られる私たちは、実に幸運な時代に生きているのではないでしょうか。そのさまざまな偶然が生んだ幸運さを頭の片隅において、5月21日の金環日食を見てみようと思います。
日食に隠された偶然のドラマ
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Mon 14 May 2012